file.869;『修羅の臨界』


20090617


   自覚が生れる場所は、反撥の吹き溜り。
   罪の訪れが、人々を偽らせる。

   自覚が生れる誓書(セイショ)は、誠実の人格。

   彼は「我々を救う」為に説いたのか…?
   その姿勢は誤りかもしれない。

   心の奥に封じている「社会」が、個人(ボク)を見詰め直す時――。



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